第1章

36/39
前へ
/39ページ
次へ
「物じゃない」  頑張れ直哉。 「御形の持ち物。誰にも渡さない」  御形の迫力に、直哉が負けて後さずる。 「ど、どういう理屈…」 「二人とも、もう御形の家族で宝物だからな」  宝物、そういう扱いじゃないような、これ。 脅されているような、脅迫されているような。 「黒井、外ちょっと散歩しよう」  御形に連れられて外に出ると、月が落ちそうに大きかった。 「黒井、キスしよ」  寺の片隅で、御形に抱き込まれて顔を強引に押さえられる。 「嫌か?」  嫌だといいたい。けれど、御形の真剣な目が俺を見ていた。この目の中に、俺が映っているのだろうか?  見つめ合うと、自然に唇が重なっていた。触れ合うと、それ以上に繋がりたくなる。人間は不思議だ。 「キス以上はなしだ、御形」  最初に釘を刺しておこう。月が見ている。ここは公共の場だ。 「分かった」  でも、御形、俺の耳朶を噛んだり、首を舐めたりとしたい放題だ。  クスクスと小さな笑い声が聞こえた。俺は、御形に脱がされていた服を、慌てて着た。キスだけが、御形にはどのように聞こえるのか、いつも上半身は好き放題にされている。 「座敷童が遊びに来ている、気にするな」  俺の結界、無視か。悪意が無い分、ひっかからないのだろう。 「それより続き」 「断る」  座敷童に見られるのも嫌だ。 「いつになったら、最後までできるのだろうな」  それは、一生無いだろう。 「肉体関係って重要なのか?」  俺には、よく分からない。弓削と伊庭の場合も、今のままでいいような気がしていた。けれど、そうではないのかもしれない。 「心は見えないから、体感しない。体は正直で、心が見える気がするのかな」  本能に従う、というわけでもないらしい。 「黒井は俺ではダメか」 「多分、そうじゃないかな。心が繋がってしまったら、それを壊したくなくて、体の関係なんてどうでもいい、とかは、ありか?」  御形、俺の質問に答える気はないらしい。肩を抱かれて、キスを幾度も繰り返す。繰り返すたびに、だんだんと深くなる。舌が滑り込んでくると、抗議で目を開けてみた、御形の後ろに月が見えていた。  月の柔らかい光には、柔らかい影ができる。影と光が交わって、絡まったように、このキスが甘い。夜が甘い。  キスを止めると、御形が額を俺の額に当ててきた。 「考えが伝わるといいな。俺、こうしていると凄い幸せ」
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

102人が本棚に入れています
本棚に追加