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「あー、悪い。憲明がボーっとしてるから寝てんのかと思って、起こそうと思ったんだけど」
肩をポンポンと叩かれて横を向くと、男らしい眉が八の字になっているのが見えた。
ああ、そうか。昔のことを考えていたのはこの隣にいる男のせいでもある。
「寝てないよ、起きてる」
鼻をフンと鳴らして、隣りの男に告げると「そっか、悪いな」と自分のおしぼりを俺に渡してくれた。それを受け取り、自分にかかった俺の生きがいの飲み物の残骸をふき取る。
ちょうど酔っていて火照った身体の一部に冷たい液体がかかると妙にさっきまでの夢見心地だった頭は醒めた。
「俺らが卒業して、10年か。あっという間だったなぁ」
感慨深げに言うこの俺の生きがいを零した男は、小学校の頃から仲の良かった親友、飯田 聡(いいだ さとし)。俺とつるんでいた割に、元々の顔立ちの良さで昔から女子に告白を何度もされていた。
聡と二人三脚で歩いてきたような学校生活。……俺は告白なんてものされたこともないというのに。
呼び出されたこともあった。裏庭、人気の少ない廊下に呼び出されたという輝かしい思い出もある。とっても可愛らしくスタイルの良い子だったから、脚をちらちらと見続けていたのは俺の青春時代の良い思い出ともいえる。
まあ、元を辿れば呼び出された内容は、聡のことが気になっているという相談内容でしかなかったけども。
「そうかぁ? 俺はここまで来るのに長過ぎたけどな。もう30年経っていてもいいくらいだ。おっちゃん、ビール頂戴」
溜め息混じりに聡に言葉を返し、カウンターの目の前のいかついおっちゃんに声をかける。おっちゃんは俺の空になったビールジョッキを持ち上げ、「はいよ」と言って新しいビールをくれた。
お礼を言って受け取り、気を取り直して一口。
「あぁ、うんまい」
「お前、飲み方がすでにおっさん臭いぞ」
聡はそんな俺を見やり、自分もジョッキに口をつけた。聡の飲み方もおっさん臭いと思うけど……。
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