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【童貞】
一般的に性行為の経験がない男性のことを指す。
この童貞を三十歳まで守り続けると魔法使いになれると言われている。
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商店街を、黒いオーラを纏った男が歩く。ポカポカと照らす太陽を、呪うように睨む男の名は、「斉藤 和也」フリーター童貞という、ハイスペックの持ち主。
この日、和也は、久しぶりの休日を満喫しようとしていた。溜め込んだアニメの消化、先週買った、ゲームの続き、とハードスケジュールだ。まずは、とDVDのリモコンに手を伸ばした、そのとき、和也はあることに気がついた。
「ポテトチップスがない」
そう、ポテトチップスがなかったのである。このままでは、作業にとりかかれない、悩んだ末に、和也は、ポテトチップスを買いに行くことにした。
普段、必要最低限の外出しかしてこなかった和也にとって、気持ちのいいはずの太陽が、やけに自分だけを照りつけてる気がする。
交差点で信号待ちをしていると、右から、眩い光が近づいてくる。今日の天気と相俟って、和也はひどい立ちくらみがした。たまらず和也は、地面に座り込んだ。光が近づくにつれ、その正体が大きなトラックだということがわかった。
「避けなくては」、と思うが足がすくんで、動くことができない。
猛スピードで向かってくるトラックが、急に速度を落とした。トラックだけではない、周りの時間が遅く流れている気がした。
そうか、これが俗にいう、死ぬ直前にスローモーションになるというやつか、と和也は冷静に分析した。すると、まもなくして、走馬灯も流れた、三十年の人生が、一瞬で流れていった。ああ、アニメの続きが気になるな、先週買ったゲームも、パソコンに入っているデータも消してないな、死ぬ前に風俗に行けばよかった。
それも、もう、どうでもいい、和也は目を、閉じた。
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服を、引っ張られる感覚がした。
力は弱いが、強く、強く、何度も引っ張られた。ズリズリと、その手は和也を、光から遠ざけた。
『ガシャン』と大きな音がして、和也は目を開けた。
はじめに見たのは、電信柱に衝突して止まった、トラックだった。
次に見たのは、息をあがらせ、僕の服を握り、微笑む女性だった。
これが、彼女との初めての出会いであり、僕、斉藤和也が能力を“発現”した瞬間である。
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