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「おい、なんで、一緒に部屋に行かないんだ」
「は? お前、そんなのも知らずにここに来たのか?」
男は呆れたと顔に隠すことなく、それどころか嬉しそうにニヤリと笑ってさえいる。
「そんな簡単に遊べるわけがねぇだろうが。三回はその値段を払ってもらうぞ」
「三回?」
そんな大金、お前にあるのか? と男が笑みを強くする。
「そこら辺の安い、切見世(きりみせ)じゃねぇんだぞ」
思い出した。
遊郭で遊ぶにはとても金がかかるって話していたっけ。
一度目は
そうだ。
どこかの部屋で食事をするだけで、その花魁と話をすることさえないって。
二度目で話ができて
三度目でようやく部屋に通される。
レイがそんなことを真剣に聞いては質問をしているのを、ぼんやりと眺めていた。
そんな遊びなんてと、興味がなかったのに。
「じゃあ、その三回分を今、支払う」
「は?」
それに店そのものがざわついた。
もともと一回遊ぶ相場すら知らない異国人が、きっと相場以上の値段をからかい半分でふっかけられているにも関わらず
もっと支払うと言い出したんだ。
よっぽどの物好きだと思われている。
「それならどうだ」
「……くだらん。帰れ」
男はフンと鼻を鳴らして、顎で、今、入ってきたばかりの扉へ戻れと指示を出す。
「金があるだけじゃ、遊べねぇんだよ。ガイジンさんよ」
「……」
周囲のざわつきは、驚きから、顛末を見守る好奇の目に変わる。
「私は、この仕事をしに、ここへ来た」
「ぁ?」
見せたのは、船を下りた時にも身分を証明するのに使った書類だ。
それをこんな花街で気軽に見せびらかしていいものじゃないのは充分わかっている。
俺達が通訳をする商売相手は両者ともに、ただの商人ではないのだから。
「だから、なんだってんだ?」
「三回分、支払えば文句はないだろう?」
「だからっ!」
「そんなにあれが気に入りましたか?」
男がギリギリと音を立てそうなほど黒い怒りをこっちへ向けようとした時、横から仲裁に入る声がした。
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