第1章

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 僕は喚きながら、肩掛け鞄を振りかぶって駆けた。浮浪者が糸に引かれたように僕へと視線を移す。鞄を振り回すも、案の定、避けられる。こんな大振りでは当たるはずがない。もともと、威嚇が目的だ。 「きゃっ」  しかし、予想外なことが起きた。  少女が、僕の声に驚き、リュックを離してしまったのだ。浮浪者たちは目的のものを手に入れ、そのまま走り去っていく。一日六時間以上、机に向かっている僕では追いつけそうもなかった。  大した動きもしていないのに体から汗が滲み、呼吸が狂う。膝をついておさえてから、尻餅をついている少女に視線を向けた。 「大丈夫……?」  少女は、金髪だった。深い蒼色の瞳をしており、髪は肩甲骨あたりまで伸ばしていた。服装はよれよれの白いワンピースであり、土汚れもついている。サングラスもしておらず、髪もくしゃくしゃで、一言で言えばみすぼらしかった。ロシアからの不法入国者だろうか。  僕が差し出した手を、彼女が掴み起き上がった。 「あ、ありがとう……でも、荷物、とられちゃった……」  眉を下げ、俯く。僕にも責任があるので少し気まずくて、目を逸らしてしまった。 「まぁ、仕方ないさ。一人できみみたいな人が歩いてたら、そりゃあ狙われるよ。ここは治安が良いとは言え、比較的、だからね。今度から親と来なよ」  見た目は中学生くらいだろうか。こんな子供が一人で外に出るのは危険極まりない。 「……荷物……」  彼女は顔を上げない。よほどショックなのだろう。 「何か大切なものが入っていたの?」  僕も鞄の中にはとても大切なものが入っているのでその気持ちはよく分かった。  が、しかし。 「お菓子が入ってたの……」 「お菓子?」 「うまい棒、十本……」  少女は今にも泣きそうな表情で僕の服の裾を掴んできた。 「……、えっと。他にも大事なもの入ってたよね、ぱんぱんだったし」 「……? 他には服が入ってたくらいだよ」 「このご時世、服の方がよっぽど重要じゃないかな……」  そう言うと、彼女はきょとんとする。 「どうして?」 「どうしてって……。だって、お菓子はなくてもご飯があればいいし。服は明日とかに絶対に必要になってくるだろ。お菓子は別に絶対必要なわけじゃない」  彼女はみるみる表情を曇らせた。そして爆発したように言う。 「お菓子の方が必要! 大事だよ!」
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