第1章

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 買い物だから、スーパーに行ったのだろう。往復で四十分はかかるし、買い物を二十分で済ましたとしても一時間はかかる。そもそも、彼女は何時に出かけたのだろうか。 「…………!」  思い出す。  今日の六時頃、物音がしなかったか。よくよく思い出せば、あれは、玄関の開く音ではなかったか。あの時間に出かけて、未だに帰って来てないのはおかしくないか?  昨日の、彼女の暗い顔を思い出す。思いつめていたようにも見えた。  珍しく真剣な顔で、僕に抗議していた。  僕の鞄を奪ったやつらの居場所を、彼女は知っている。僕が昨日、口を滑らせて、中心街だと言ってしまった。 「いや、まだそうと決まったわけでは……」  言い聞かせるが、指先の震えは止まらないどころか、加速していった。  次の瞬間、僕は家から飛び出していた。  スーパーまで走る。途中で何度か冬人夏草を踏んで転んだ。約十分でつく。買い物客に奇異な視線を向けられながら、僕は点内を走り回る。しかし、彼女の姿は見当たらなかった。店員に、彼女の特徴を伝えてみても、見ていないと言う。スーパーまで行くルートはいくつかあった。もしかしたらすれ違いになったのかもしれない。僕はそのまま走って帰宅する。僕も書置きを何か残しておけばよかった。家についても、彼女はいなかった。帰ってきた様子もない。 「…………」  時計を見る。九時だった。試験まであと一時間。彼女が家を出てから三時間は経っている。  僕はポケットから携帯を取り出す。手が滑って取り落した。それを拾い、電話帳を漁る。教授を選択し、電話をかけた。コール音がやけにゆっくりに聞こえる。 「早くしろ……早く」  いつもはすぐ電話に出る教授だが、今日は遅い。家の中をうろうろする。一旦落ち着こうとソファーに座った。机をこつこつと指で叩く。  研究室の方に電話をかけようかと思った瞬間、教授が電話に出た。 「在原くん、どうかしたか?」 「教授、緊急事態です。今日の試験、ずらせませんか」 「……何をやってるんだ、きみは。ずらせるわけないだろう。全国で一斉に行われる試験なんだから」 「何とかならないんですか。再テストとか。そういう措置は」 「ない」  さあっと頭から血が下がるのが分かった。頭がくらりとする。 「何があっても来い。きみなら風邪を引いてても受かるだろう」 「風邪とかじゃないんです」 「じゃあ何だね?」
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