第1章

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他にこれといった取り柄のないオバラだが紅茶を淹れることだけは得意である。 玲子の父の礼央那も、オバラの淹れるロイヤルミルクティーを大変気に入っている。 そそくさとオバラは応接間を後にした。変に手間取ると玲子の気分が変わるかもしれない。 そうなるとどんな無理難題が降りかかってくるか知れたものではないのだ。 飛び切り旨い紅茶を淹れてお役御免といきたいところだ。 オバラは、応接間の横に設えてある小さなキッチンに入った。 中津川の邸宅は広大で本来のキッチンは応接間の反対側の大食堂の横にある。 この小さなキッチンは来客の時に簡単な軽食やお茶を用意するために作られたものだ。 オバラは冷蔵庫の中から低温殺菌の牛乳を取り出す。 市販の牛乳ではなく、わざわざ北海道の酪農家から契約して送って貰っている濃厚な牛乳だ。市販の牛乳は通常高温殺菌の為、温めると独特の牛臭さが出る。 それを避けるために低温殺菌の牛乳を使う必要がある。低温殺菌の牛乳は日持ちはしないがその分、牛乳本来のまろやかさやコクが臭みなく活かせる利点がある。 ロイヤルミルクティーにはアッサムが合う。 オバラは棚から木箱を取り出す。受注生産でしか手に入らないアッサムの最高級茶葉ゴールデンティップスだ。 濃厚な牛乳に負けない力強さがこの茶葉には漲っている。 その茶葉を贅沢に器に入れて、そこに少量の湯を入れて茶葉を浸す。 同時に鍋に牛乳と水を入れて火にかける。 本来は、半分ずつだが、牛乳を多目に入れるのがオバラ流だ。 少し泡立つ程度、沸騰寸前で火を止めるのが重要だ。 このタイミングを間違うと牛乳の臭みが出てしまう。 その鍋に湯浸ししておいた茶葉を入れて軽くかき混ぜ、蓋をする。 そして4?5分蒸らす。 この加減も難しい。 牛乳の中にあるガゼインという物質が茶葉の成分を出にくくするので、充分に蒸らす必要があるが、時間をかけすぎると逆に渋味が強くなる。 絶妙な時間配分が淹れ手の腕の見せどころなのだ。 今日は4分強で蒸らしを終え、軽くかき混ぜて茶漉しを使ってカップに注ぐ。 ゴールデンティップスの鮮烈で華やかな香りが鼻孔を抜ける。その後からミルクの優しい香りが追いかけてくる。まさに香りの極上デュオだ。 オバラは淹れたてのロイヤルミルクティーの香りを胸に吸い込んで、出来映えに満足した。image=488922490.jpg
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