第1章

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「何かを勘違いしている...。」 玲子は呟いた。 記憶を辿る。 男の最期の言葉。 「ごめん...。」 あの言葉は何に対して向けられたものなのだろう。 頭に靄がかかったように思考を止める。 ここ数日、ずっとこのループに嵌っている。 玲子は溜息をついた。 玲子の背後からロイヤルミルクティーの甘い香りが漂った。 「お待たせ致しました。」 オバラがニコニコしながら、銀盆を片手に入ってくる。 おそらく満足できる出来映えのロイヤルミルクティーができたのだろう。 この男がこのように上機嫌なのは、ロイヤルミルクティーが上手く淹れられたときぐらいだ。 それはそれで悪いことではない。 美味しいロイヤルミルクティーを呑めることは玲子にとっても気分のいいことではある。 オバラは玲子の前にそっと、一客数十万円はするティーカップとソーサーを置く。 ロイヤルミルクティーの鮮やかなブラウンの色合いと絶妙なコントラストを描くティーカップの深みのある白い陶磁の色味が美しい。 まるで芸術品のようだ。 玲子はそっと、カップを手にして鼻先に寄せる。 そしてロイヤルミルクティーの香りを吸い込む。 艶やかしい玲子の白い肌と細くしなやかな指が、一幅の絵のようにオバラの目に映る。 人柄は最悪だが、美しさという点ではやはり他に叶うものはないのではないかとオバラは感心する。 人は見かけによらないというが、玲子の人柄に1パーセントでも見かけの良さが含まれていればと心の底から思う。 玲子はロイヤルミルクティーを口に含む。 口の中に鮮やかなゴールデンティップスの抜けるような味わいとミルクの濃厚なコクとほのかな甘味が広がる。 「いかがでございましょうか...。」 オバラはおずおずと玲子に尋ねる。 「美味しいわよ。」 玲子は素っ気なく答える。 玲子の頭脳は別のことを考えているが本能で反応している。その分、遠慮も配慮もない。 素っ気なくはあるが、上等の回答である。 勿論、オバラはそのことは百も承知だ。 満面の笑みを浮かべた。 「ありがとうございます。」 「ふん。」 玲子は鼻を鳴らした。 こういう不遜な態度が玲子の悪いところなのだが、勿論、誰も注意しない。 もはや、それが中津川玲子という存在意義のようなものである。
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