873人が本棚に入れています
本棚に追加
階段の先にあるドアはピタリと閉まっていた。
やっぱり静かで物音ひとつしない。
ドアを開けて、バレたら、悪戯っぽく笑えば済むだろうと思った。
きっと快は「バカなことしてんじゃねぇよ」と言ってあきれ顔で返してくれる。
ほんの少しだけ、ドアを開けたとき、目より先に、音が頭に飛び込んできた。
ちゅ、と短いリップ音。
ドアを開ける手が止まる。
それでも、ちゅ、ちゅ、と短いリップ音が立て続けに聞こえて、小さく自分の手が震えた。
…ありえない。
ありえるわけない。
棗と快で浮気なんて、そんなこと絶対にありえるわけない。
長年一緒にいて、絶対に考えられない事態に俺は恐怖でドアを開けることができなかった。
細い隙間からでは何も見えない。
事実も確認出来ない。
でも、開けなきゃ動けない。
ゆっくりと、おそるおそる開ける。
その時視界に入ってきたのは、苦悩に満ちた表情をしている快が、息苦しそうに、それでも棗の髪一房にキスを落とすところだった。
「……っ!」
ドク、と心臓が音を立てる。
俺は努めて何も考えないように深く息を吸って、はいた。
ひとまず、ここにいてはいけない。
ゆっくりと、でも顔をそむけて俺は扉を閉めた。
深呼吸をして、伸長に階段を下りる。
そしてそのまま流れるようにその横のトイレに入ると、俺はその場でしゃがみ込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!