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どんなに頭の中をごまかしても、心臓は正直だった。
バクバクと、身体が爆発しそうなほど高鳴るそれに、俺は何度も落ち着かせようと深呼吸をする。
だけど、それでも止まらない。
いつのまにか握っていた両手は、ガタガタと小刻みに震えていた。
――髪に、キスをしていた。
あの、快が。
二人が浮気しているのかもとか、なんで、とかそんなことは考えられないほど衝撃的な光景だった。
快は、不愛想だけれど誠実で、優しい男だ。
絶対に彼氏がいる女に手を出すようなバカな男じゃない。
それは15年間見てきて、俺の中で絶対的な事実だ。
今も、これからも変わることはない。
快の苦しそうな表情が目に焼き付いて離れなかった。
髪、なんて俺はキスをしたいと思ったことがない。
あの柔らかな髪に触れるのは気持ちいいけれど、でも、だからってキスをしたいとは思わない。
するなら唇がいい。
柔らくて、もっと心地よいような――。
「……っ」
違う。
快は、違うんだ。
棗の髪にキスがしたいんだ。
棗の声はひとつも聞こえなかった。
もしかしたら寝ているのかもしれない。
棗はベッドの上にいるようだった。
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