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「娘。名はなんと申す」
「施夷光と申します。私の村には、施が東西にあるため、西施とも」
范蠡の問いかけに耳障りの良い声で返す。気迫を込めた問いかけだと言うのに、身震いをし、声もやや震えたものの視線を逸らす事無く答えた。どうやら度胸はあるようだ、と范蠡は胸中で笑う。
「西施か。気に入った。お前達は下がれ」
西施だけを室に残し、兵士を下がらせた范蠡。西施に立ち上がるよう促して卓につかせた。真向かいの位置に范蠡は立つ。そして観察の眼を西施にじっと見せつけた。
「何を考えているか分かるか」
無言の視線にも西施は怯むことなく受け止めて、范蠡は益々気に入った。そうして問いかける。
「いいえ。私をどうこうしようという意思だけは無さそうですが」
「ほう、何故そう思う」
「私をどうこうしたいのならば、宰相様の背後にある寝台へ直ぐにでも連れ込まれていた事でしょう」
ちらと西施は視線を向けた。寝台の事を言うということは、閨事を知っているという事になる。だが、普通の男女の閨事を経験しているのであれば、男と二人っきりになったとして、直ぐにそのような考えは浮かばない。
普通の男女の閨事など、愛し合う気持ちの延長線だからだ。
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