恋人は、大学教授

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「そしてこの家だけど、僕の叔母が不動産会社を運営していてね。その会社が金融危機で土地の価格の暴落した後、立ち行かなくなったんだ」 「キャンセルが相次いで、この物件が売れないと倒産しそうだったから、僕が買ったんだ。僕はちょうどそのころに開発したAIを、特許ではなく権利譲渡で売り渡したしたから現金があって、」 「ちょっと待って、買ったって……ここあなたの持ち家なの?」 「そうだよ」 「……」  いくら物件が最安値のときだって、この立地と広さと新築具合は2億はするわよ。  つまり彼はその金額がキャッシュで払えるのに、週に五回も500円の学食ランチを食べているってこと? そして両手いっぱいの荷物を抱えて、立ち往生を覚悟で九州に旅立とうとしていたってこと?  わたしは変わり者にもほどがあると唖然とした。  だけどしばらくして、ふっと笑みをこぼした。  目の前でたまごの入ったクロワッサンを頬張っている彼を見て、金銭のことを考えている自分が馬鹿らしく思えたからだ。  きっと彼はなにも考えていない。  叔母さんが困っていて、手元にちょうどそのくらいのお金があったから買ってあげたんだろう。そして前のマンションにいた時と全く同じように生活しているに違いない。エレベーターに乗っている時間が長くなったなとは思っているかもしれないけど。  特許収入の富豪さんのことは忘れよう。 「ん? どうした?」  誠はわたしにそう聞いた。 「なんでもない。このたまごサンドおいしいね」 「うん、おいしい」  わたしの恋人は、ちょっと変わった大学教授。賢くて、優しくて、時にかわいい水樹誠。これでいいじゃない。彼が大好きなことに、変わりはないのだから。
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