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ユリがキッチンに立つ。
食材を切ったりフライパンで炒めたり、野菜のアクを取るために時間を置いたり,
卵と小麦粉をボールに入れて混ぜたりという流れを、楽しそうにさくさくこなしている(僕が介入するよりはやく出来るだろう)。
彼女はこの手の作業が実に効率的だ。文化人類学部の教授によると、課題なんかの提出も飛び抜けて早いらしい。
ユリは自分のことを個人主義者だといい、そのため付き合いが悪いというが、面倒見は良いと思う。なんだかんだで同じゼミに所属する同級生が課題に滞っていると手伝っているし、下級生が授業選びに困っていると詳しく説明している。
だから彼女が一人っ子だと聞いたときは少し驚いた。そういう態度から、下に兄弟がいるだろうと半ば確信していたから。
「できたよー」
トレーに石焼ビビンバやニラのチヂミを乗せてテーブルに運んでくれる。飲み物の準備くらい手伝おう。
「おいしい…」
彼女の料理は視覚の期待を裏切らない。
「おこげができてる」
僕の家のキッチンで、こんなことができるとは思わなかった。 材料だって珍しいものや高級なものや使っているわけじゃない。野菜と卵とそぼろとごはん…新しいものといったらコチュジャンくらいか。
「ありがとう」
「お店を出したらいいと思う」僕がそういうと、ユリはオーバーだよと言って微笑んだ。
ユリが家にいると、生活の充実が著しい。
朝起きてコーヒーを飲むときも、新聞を読むときも、今まではエネルギー摂取くらいにしか考えていなかった食事の時間もなんだか楽しい。モノトーンの家がいつもより明るく見える。中学生ではあるまいし、隣りにいるだけで胸が弾んで緊張するわけではないけれど……
そうだな、例えると40°の高熱が出たというより基礎体温が37°に上がったような、そんな感じか。
「……」
恋人との生活を体温に例えるのは、もしかしたら適切ではないかもしれない。
「どうしたの?」
僕がスプーンを持ったまま止まっていたら、ユリが不思議そうな顔をした。
「いや……僕はロマンチストではないらしいと思っただけだ」
彼女はなにそれ、と言って笑った。それには発熱作用がある。もしかしたら40°の方かもしれない。
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