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「いらっしゃい」
表通りから一本ずれた裏みちの一角。わたしが入るとマスターは白いフキンで丹念にポットを磨いていた。
「きょうもコーヒー?」
昨年度から学校帰りにわたしはよくこの喫茶店に入る。五十平方メートルに広がる暖かい空間に。
グレーのレンガが積まれた壁にはコーヒー豆のと木がペイントされて、一メートル置きにモノクロの写真が飾られている。壁にくっついた棚の上にはおしゃれなインテリアが乗り、下にはフック船長の右手みたいなかぎ針がいくつもついている。かぎ針にぶらさがるのは黒のマグカップ。マスターはいつも、左からに番目に並ぶ、底に百合の紋章が入ったカップでわたしにコーヒーを入れてくれる。
わたしが座るのはだいたいカウンターのすぐ近くのテーブル。楕円形のテーブルとお揃いの椅子が座り心地がいいのと、気が向いたときに髭もじゃのマスターとおしゃべりができるから。
「それがちょっと暑くて。なんか冷たくて甘いものあるかな」
「じゃあコーヒーゼリーにバニラアイスでも乗っけてみる?」
「それお願い」
ここに限らず喫茶店やカフェではだいたいは持参した本を読んでいる。それ以外はゼミの課題や、大学院の準備にあたる短い論文の構想を練る。
今日はこの間のプログラミング基礎のプリントを持って来た。授業中に配られるプリントの最後に実践のやり方が書いてあるから、それを試そうと思って。
「ユリちゃん、何やら難しいことしてるね」
後ろの食器棚にお皿を戻しにいったマスターが、私のラップトップの画面を見て言った。「いつも分厚い本を読んでいるけど、今度はパソコンかい?」
「うん、人生初のプログラミングに挑戦中」
水樹先生の講義は初回以降もたのしい。ただ内容は体系的な知識の補充だから、できれば実践に落とし込みたい。
だからこうしてパソコンと向き合っているんだけど、これがまた結構難しい。説明はわかりやすいものの、もともとPC関係が得意分野じゃないからキーがどこにあるのかわかんなくなっちゃう。
そうこう戦っているうちに、わたしの前に甘味が現れた。
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