バターミルククッキー

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「ずるいじゃないか、いつものところに座っていないなんて」  テストのあとに研究室に顔を出すと、先生はパソコンの画面から目を上げずにそう言った。 「わたしが教室に入った時にはいつもの席が埋まってたんだもの。ほら、テストのときは早めにくる生徒が多いから」  わたしは弁明した。 「だからといって、もっと近くに空席はあったろう。わざわざドア側の最前列に座るのは、悪意を感じる」  先生はむすっとしている。もちろん本気で怒っているわけじゃなく、拗ねているだけだ。 「ふふふ、ごめんなさい。クッキー焼いて来たからこれで許して?」  わたしは簡単にラッピングを施したそれを手渡した。先生はちょっと驚いて手に乗ったものに目を落とした。 「きみは…なんというか仕事ができそうなタイプの女性なのに、家庭的なこともできるんだな」 「なんだかんだで一人暮らしも長いですから」 「美味しいし」 「ポイント上がりました?」 「なんのポイントだ?」  先生は受け取ってすぐつまみ食いをした後、わたしの言っている意味がわからずに首を傾げた。子供みたいに口元に食べこぼしをつけているから取ってあげた。もう機嫌は直っているみたいだ。  水樹先生って、駆け引きは苦手よね。あと言葉の裏を読むのも下手そう。含みとか皮肉とかもわからないで、意味をストレートにとっちゃいそうな人。  ちなみにわたしがさっきから機嫌がいい理由は一つ。水樹先生があんな顔してくれたからーー  先生の言う通り、教室でいつもの席の近くに空席がなかったわけじゃなかった。それなのに離れたところを選んだのは、見たかったからなんだ、彼の反応を。わたしが期末テストのときにいなかったら、心配してくれるかしらって。わたしもいい性格してるわよね。  でもいま渡したクッキーに、バターとミルクと一緒に愛情も込めたから。だから許してね、水樹先生。
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