夕食は

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 やってきたのは表参道の小料理屋。地下にひっそりと佇むこのイタリアンは、美味しくて一人でも来やすいという理由で先生のお気に入りらしい。  大通りに面してはいるものの、”ひっそりと”という形容詞を使うのは、入り口が細くて一見レストランだとわからないからだ。しかし入り口と同じように細い階段を下りると、中は別世界のように明るかった。  暖色の赤でまとまった内装がイタリアのにぎやかな夜を演出している。堅苦しくなくかしこまっていないが、絶対に美味しいものが出て来るだろうと安心させる雰囲気。客層は三、四十代なのだろう。明るくてもうるさくはない。  イタリア人のおじさんが釜でピザを焼いていて、同じくイタリア人の鼻の高いボーイさんは水樹先生に気が付くと”奥の席を使ってくれ”と合図した。 「きみワインは?」 「赤も白も好き」  メニューを貰い、先生お勧めのアペタイザーとメインを頼み、あとは彼が頼んだことがないというサラダや新作料理をお願いした。誰かが最初に頼まなきゃ、先生はいつまで経ってもレパートリーが増えそうにないから。わたしたちは注文と入れ替わりで届いたワインで乾杯した。 「それで? どうだったんだ、京都は」 「きれいでしたよ、景色もお寺も舞子さんも」  京都の土産話をしていたら、前菜が続々と届いてきた。わたしはガーデンサラダを和えて小皿に取り分けた。 「先生は行ったことある?」 「出張で京都の大学になら。観光らしい観光はできなかったが」  先生はというと、フォークに指したアスパラをじっとみてぱくりと食べた。そして”これ美味しいな”と呟いた。彼の脳内に何かが新しくインプットされているみたいだった。 「西日本はあんまり行ったことがないんだ」  その後ワイングラスを持ち上げて、椅子の背もたれる。こうして見ると、大学教授には見えない。
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