夕食は

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 彼のコーヒービーカー……じゃなくてコーヒーサイフォンを作る原動力を見た気がした。三つ子の魂百までとはこのことだ。わたしはスプーンとフォークで豚肉のコンフィを取り分け、彼のグラスが空になっていないか横目で確認しながら、先生の幼少期を想像した。 「あ……僕がこんな話しをしていて、つまらなくないか?」 「え?」  わたしは突然の話しが変わって、顔を上げた。一種の謙遜かと思ったけど、先生の目を見て、彼が本当にわたしがつまらなくないか心配していることがわかり「とても楽しいけれど」と真面目に返した。  それにしても、これはむしろわたしが尋ねることだった。だってさっきから会話を進めているのはわたしの方だから。彼は見た目と違って、相手を引っ張って行くタイプではないと判断したから、わたしは遠慮なく主導権を頂いた。 「先生は?」一応聞いてみた。  実際がどうであれ、”つまらない”とは言えないだろうけど。 「僕は楽しい。すごく、楽しい。あまり人との会話は……特に女性との会話は得意ではないのだけれど、きみといるのは常に心地がいい。とにかくきみがいいならいいんだ。えーと、きみも子供の頃からずっと東京?」 「うん、ちょっと郊外だけど」  相手との相性によって、沈黙が気まずい場合と、心地よい場合がある。水樹先生とは後者の関係だと思っていて、彼もそうだと教えてくれたから嬉しかった。
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