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マスターの喫茶店が”明るい昼間”なイメージなのに対して、まきちゃんの喫茶店は”しっとりした夜”という感じ。店内は白熱灯の優しい明かりで満たされている。壁には十八世紀に社交に勤しむ夫人の絵がかけられていて、マルチコンポからは低音で耳に優しいジャズが流れる。
カウンターの奥にはデミタスカップが縦五客、横十客で並んでいる。どれもまきちゃんが一つずつ吟味して手に入れたという逸材のコレクションだ。テーブルに置かれたナプキンひとつ取っても肌触りのいいもので、まきちゃんのこだわりが伺える。
「いい店だな」先生も気に入ったみたいだ。そしてやっぱり偏見のない人だった。
「そういえば、さっき入り口で何が『良かった』んだ?」
「あ、聞えてた? それが、見つかって良かったなと思って。ここ場所がわかりにくくて、この間なんか素通て原宿駅まで着いちゃったの」今日と同じ道から入ったのに。
「ほぉ」
「あれじゃない? あるって信じるピュアな心の持ち主だけが見つけられるとか! はい、どーぞ?」
まきちゃんって考えることがわたしよりよっぽど女の子らしいわよね。素通りしちゃったのは、ただぼーと歩いてたからなんだけど。
前に置いてもらったコーヒーを飲んだ。
「これは美味しい…こういうのを飲んでいたら、きみの舌が肥えるはずだな」
「あら、二枚目なのにちゃんとお世辞が言えるのね」
まきちゃんが目をキラキラさせながら先生を見ている。でも当の水樹先生はむしろ希少価値の高いブルーマウンテンに熱を上げているみたいだ。
わたしがふたりの対比が面白くてを見ていたんだけど、まきちゃんは心配しているからだと勘違いしたらしく『だいじょうぶ。美男子は大好きだけど、わたしのタイプは小さなマッチョ系だから』と囁いた。
まきちゃんはあかりとの趣味が合いそうね。
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