春:初回講義

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 十分ほどして、ざわめく講堂が急に静まり出したから目を上げた。  確かに水樹先生は格好良かった。  背が高くてすらっとして。距離があったのと眼鏡をかけていたせいで顔ははっきりと見えないけど、シャープで端正な感じ。ちょっとくせっけのある焦げ茶の髪も好感が持てた。  性格は几帳面だろうな。毎朝ハンカチにアイロンを丁寧に当ててそうな、奥さんや彼女がいても洗濯や片付けは全部自分でやりそうな、そんなタイプ。  彼が仕立てのいいスリーピーススーツをまとって教壇に向かうあいだ一瞬目があった気がした。だけどそれはたぶん気のせいで。だって講堂には三百人を越える学生が座っていたから。 「講義を始める」  先生がマイク越しにそう言ったとき「いい声だね」とあかりがいつの間にか起きていてわたしに呟いた。机に肘をついて手に顔を乗せて、品定めするように先生を見ている。この女は…こういうとこ抜け目がないんだから。また飽きれ半分で彼女を見ちゃった。  それはともかく、授業が進むに連れて、わたしは先生の説明がわかりやすくて驚いた。これなら別に、外見云々がなくても人気なんじゃないってくらい。  難しい用語の解説も、プログラミング初心者でも想像しやすいような表現を使っていて。前列の生徒に問題を答えさせるときも、予習や事前知識が必要な意地悪な質問じゃなくて(そーゆー教授いるのよね)その日の内容を聞いていればわかるもの。  シャープな外見とは違って、案外優しいのかも。  アルゴリズムみたいなコンピュータ言語は人生で初めて習うけど、なんかおもしろそうだし。わたしの隣りに座る友人がうとうとしてるのは置いておいて。 「……今日はこれで終わりにする、お疲れ」  先生がマイクのスイッチを切って終了。その直後にあかりは頭がかくっとなって起きた。
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