天空の家

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 わたしはなんだか自分の世界にワープしてしまったけれど、ここは水樹先生の家だったと我に返った。  先生はというと、なんでもない、斜めの方向を宙を一点に見据えていた。左手を口元に置いて、右手の指はピアノのけんばんを叩くようにソファの手すりの上で動いている。この仕草は、先生が何か解けない問題に集中しているときにやる癖だ。 「……どうしたの?」  九ヶ月間、彼を見ていたからこそ知っていた癖を指摘した。彼もまた我に返ったようにわたしを見て、苦笑いをした。  そしてなにをどう伝えようか迷っている様子を見せた。  わたしが不思議そうに見ていると、彼はためらいがちに口を開いた。 「……我慢の限界、という表現が適切だろうか」  そのとき初めて自覚した。わたし”男性”の家に来たんだって。  先生はわたしと目が合わせたまま、ゆっくり立ち上がった。  一歩ずつこちらへ歩む。  わたしは夕方まで感じていた睡眠不足なんてすっ飛んで行き、身体の全細胞が目覚めてドキドキしていた。  先生はわたしの前に立ち、わたしが持っていたマグカップを受け取ると、近くの脚の長いテーブルに置いた。  彼がカップに触れる時に、わたしの指にも触れた……ほんの一瞬だったのに、それが電気みたいな刺激をわたしに与えた。  テーブルに移った彼の視線が、再びわたしを捉える。  彼の右手がわたしの頬にそっと触れた。指と爪が優しくわたしの頬をなぞる。そして顔が徐々に近づいてきたかと思うと、羽毛が触れるみたく唇がわたしの唇に重なった。
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