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90(続き)
そこからは一方的なカザンの攻撃になった。右ストレートを打とうと奮闘している冬獅郎(とうしろう)の身体(からだ)は、目を凝(こ)らして見なければわからないほどゆっくりとしか動かない。広い試合場の中央で、ひとりだけスローモーション映像のように動きを止めている。
クニがつぶやいた。
「カザンの奴、ドンリュウとかいっていたな。あれはどういう意味なんだ?」
タツオは痺(しび)れたようにまったく別な時間のなかで闘う同級生を見つめていた。
ジョージがあごの先をひねりながらいう。
「『呑龍』はたぶん龍を呑むと書くのだろう。相手が伝説のドラゴンのような強者でも、ひと呑みにして動きを止める。そんな技なんじゃないか」
ソフトグローブをつけたカザンの拳(こぶし)が正面から、冬獅郎の顔面に入った。ぐしゃりと軟骨の潰(つぶ)れる音がタツオのところまで届いた。先ほどの相撲部の生徒のように鼻血が流れだす。テルが吐(は)き捨てるようにいった。
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