90(続き)

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 カザンは指を丸めて口にふくむ。耳を刺すような指笛の音が鳴り響いた。同時に試合場に倒れこんでいた横沢冬獅郎が、びくびくと釣りあげられた大魚のように痙攣(けいれん)を始めた。審判の少年が叫ぶ。 「担架だ。手が空(あ)いてる者で、医務室に運んでくれ」  少年たちが駆(か)け寄っていく。カザンは敗者に一瞥(いちべつ)もくれなかった。蒼白な顔色をした審判に冷厳といった。 「おい、勝者は誰なんだ?」  気おされて審判の少年がいった。 「ただ今の試合、勝者は東園寺(とうえんじ)崋山(かざん)」  拍手(はくしゅ)も歓声もなかった。カザンのとり巻きからさえ、喜びの反応はない。タツオは戦場帰りの佐竹(さたけ)宗八(そうはち)の顔を見た。目があうとソウヤは悲しげに首を横に振った。誰もが目にしたくない一歩的で残酷な処刑。カザンはこの試合により養成高校中で悪名を響かせるようになるだろう。畏(おそ)れられるのが目的ならこれ以上の効果はないが、同時に部下たちの心まで離れてしまっている。
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