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そして、それがひどく先輩を苛立たせていることに気づきながら、何も言われないのをいい事に『先輩のお気に入り』の役を演じ続けていた。
廊下を先生の歩く足音が近づく。早く行かなければ。
オレと先輩が一緒だったのはクラスの皆が見ている。
もし、このままオレが行かなければ、オレ達は二人で何処かへ行ったと思われるだろう。
「行かないと」
囁いて、顎を押さえている手を振りほどこうとした。
「だめだ」
激しい色を湛えた目がオレを刺す。
「行かせない」
ぶるっと身体が震えた。
力一杯押さえつけられているわけでもないのに、身体がうまく動かない。
「キスだよ……星影。
俺はいい子にしてたんだから……ご褒美を貰ってもいいと思わない?」
あの子の所へ行かなかったんだから。
オレの方を選んだんだから。
「早くしないと、誰か探しに来るかもな。
いいの?『お気に入りの後輩』が……『ぞっこんの彼女』だって、バレちゃっても」
その言葉に息が止まった。
それを恐れているのはオレで、先輩じゃない。
「月村先輩……」
「和泉、だろ?」
物憂げに先輩が微笑む。
優しいその微笑みが、全然優しくなんてないことをオレは知ってる。
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