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『ありがとう。あの、雪さん…』
躊躇いがちな僕の口調に雪さんは口許を緩める。
聞くなって雰囲気ではないけど、あまりにもいつも通りの彼女の様子に僕の方が狼狽えている。
『聞きたければどうぞ』
雪さんはふっと笑って僕を見つめる。
『見ていたんですよね?』
『…うん』
なんかイタズラが見つかった子供みたいに下を向いている僕に、雪さんは明るく言った。
『仕事を優先しちゃう女は恋人と長続きしないんです。いつものことですから…』
そう言って彼女は笑う。
そうか…これは仕事の顔なんだ。
なら、さっきの彼女は?
僕は雪さんに近づいて彼女の腕を掴んだ。
『アツシさん?』
戸惑いを浮かべたような声で僕の名前を呼んだ彼女を、僕は抱き締めていた。
『あ、あの…』
『可愛いげのない女性なんかじゃないよ…』
だって君は花を見つめて優しく微笑んでいた。時折、僕の歌を聞いて子供のような顔を見せていた。
あの時の君の顔は…仕事の顔じゃなかったはずだ。
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