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「……苺だ。好きだろ?」
男はそう言って《早く食え》とばかりに苺を私に突き付ける。
……そりゃ苺は私の大好物だけど。
そんな事を考えたまま目の前の真っ赤な苺を見つめ続ける。
「早く食え」
その男の言葉に眉を顰めると、そのまま恐る恐る男の摘んでいる苺を食べた。
するとその瞬間、辺りからザワザワとざわめきが起こり、周りの皆が何やら囁き合っている姿が見える。
……美味しい。
モグモグと口を動かしながら、一向に状況が理解出来ない。
「美味いか?」
その男の問いに眉を顰めたままコクリと頷いて返すと、次の瞬間、男はニッコリと優しい笑みを浮かべた。
そのほんの一瞬の眩しい笑みに、思わずゴクリと喉を鳴らして苺を飲み込む。
その眩しい笑みは、遠い昔に見た《優しい少年》の笑みと全く同じで……何故か小さく胸が高鳴るのを感じた。
「お前は昔から苺が好きだった。俺のケーキに乗っている苺も全部お前に取られていたな」
男は昔を懐かしむ様にそう呟くと、それから微かに……悲しそうに笑った。
その彼の呟きに、やはり彼があの大好きだった少年である事を再認識し、言い表せない複雑な感情が渦を巻く。
……どうしてこんな風になってしまったのだろうか。
悲しい笑みを浮かべる彼の横顔を見つめたまま、そんな事を考える。
確かに彼はあの少年であるのに……しかし彼はあの少年とは違う。
そして私は何も知らなかった幼い少女ではなく……全てを知って尚、何もできない無力な女。
そんな事を考えながら辺りを見回すと、淫靡な雰囲気を纏った爛れた空間がそこには見える。
彼はこの狂った世界の王。
彼の一挙一動を誰かの窺う様な視線が追っている。
……分からない。
私は……どうしたらいいのか分からない。
爛れた空間と彼の悲しい笑みを見つめたまま、漠然とそんな事を考え続けていた。
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