第二十六話 揺れる心

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「俺は今まで誰かに寵愛を注いだ事がない。だからここの奴等は俺の寵愛を受けているというお前の存在に半信半疑でな。要はここでお前の存在をアピールしておいた方が得だという事だ」 「……寵愛って」 「夢幻楼の王であるこの俺の寵愛を欲している者は腐るほどいる。何故ならそれは夢幻楼で絶対的な力を手にしているのと同じだからな。その地位を確立出来ればこの夢幻楼で生き抜く事は容易い。今のお前の様に、大抵の願いは叶うからな」 男は私の頭を撫でながらクスリと吐息を漏らす。 その彼の大きな手の温もりを感じたまま、小さく身を丸めた。 目の前にはそんな私達の姿を見つめる沢山の目に、爛れた淫靡な部屋。 薄暗い照明に、微かに漂う甘い香り。 そんな悪い夢の様な異常な世界の中、彼の手の温もりだけが本物の様な錯覚に陥る。 ……私はこの手を知っている。 それは幼い頃にいつも私の頭を撫でていた……優しい手。 その変わらない手の温もりにツキンと小さく胸が痛む。 決して戻る事のない、戻す事の出来ない時間が……無力な私を責めて立てる。 ……私を惑わせないで。 そう心の中で小さく呟いた。 彼はもう、あの頃の優しい少年とは違う。 彼はもう、歪んだ世界の王である残酷な男。 私の……世界で一番憎い男。 そう心の中で繰り返す。 しかしその間も私の髪を撫ぜる彼の手の温もりに、心はユラユラと儚く揺れた。
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