第二十六話 揺れる心

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第二十六話 揺れる心

「最近、あまり眠れていない様だな」 男の突然の問いにハッと顔を上げると、何も答えないまま静かに男を見つめた。 ……確かに《ここ》に来てからあまり眠れなくなっていた。 夜にベッドに入っても中々寝つけず、眠れてもすぐに目を覚ましてしまう。 それはこの異常な環境の中では心安らかに眠れないのも理由の一つだが……主な理由は繰り返し《昔の夢》を見るからだ。 それは勿論(あの家)の夢だ。 私の生まれ育った、今では懐かしく感じる家。 その頃の夢を私は繰り返し見続けている。 優しい父の記憶を……幼い自分の記憶を……大好きな夫婦の記憶を……そして《彼》の記憶を。 「どうせここではやる事なんてない。今の内に少し横になっていたらどうだ?」 男はそう言うと、私に向かってそっと手を差し伸べる。 「……え?」 その差し出された大きな手を見つめたまま小さく声を漏らすと、次の瞬間、男に腕を引かれ……そして彼の膝の上に私の頭が触れた。 要するに私は……彼に膝枕をされている。 「……ちょっ」 慌てて身を起こそうとすると、彼は私の頭に手を触れそれを止める。 「……静かに。大人しくしていろ」 そう言って彼は私に目配せをすると、まるで猫でも撫でるかのように優しく私の頭を撫でた。 「ここの客達はお前の位を探っている。お前がどれだけ俺の寵愛を受けているのか測っているんだよ」 その男の言葉と共にそっと視線を移すと、刺す様に鋭い視線がこちらに向けられているのに気付いた。 それに臆する様に少し身を竦めたまま、大人しく彼の膝に体を預ける。
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