第三十八話 寄添う声

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……大好き。 ……大好きな颯太くん。 そんな事を考えたまま、彼の手を強く握り締める。 ……どこにも行かない様に。 ……離れてしまわない様に。 強く、強く、彼の手を握り締め続けた。 「……どこにも行かないで。私の傍に居て」 「……はい。茜様。僕はいつでも貴女の傍に」 誓いの様なその言葉と共に、静かに意識が遠退いて行く。 それと同時に彼の手の温もりすらも、揺らいでいく様に感じた。 ……嫌だ。 ……手を離さないで。 その私の願いも儚く、彼の温もりはどんどんと消えて行く。 ……行かないで。 ……傍に居てくれるって言ったのに。 ……嘘吐き。 ……嘘吐き。 ……嘘吐き。 今では彼の温もりは消え去り、薄暗い闇に包まれたまま一人膝を抱え泣き続ける。 そう……あの約束の日。 あの日、全てが壊れ始めた。 ……もう、彼等は何処にもいない。 ……私の傍に……彼は居ないのだから。 『それなら……消えてしまえばいい』 悲しい記憶に、もう会えない愛しい者を想い涙を流すぐらいなら……忘れてしまえばいい。 ……大好きだった、あの優しい家族の事なんて。 《……茜様》 またどこからか私を呼ぶ声が聞こえる。 《……茜様》 悲しく聞こえるその声は、ただ私の名を呼び続ける。 《……茜様》 ……私はこの声を……知っている。 《……茜》 ……貴方……誰? 《……茜》 ……どうして……私を呼ぶの? 《……茜》 ……どうしてそんなに……悲しそうなの? 私を呼び続けるその声は、苦しい程に私の胸を締め付ける。 「……貴方は」 そう小さく呟きそっと手を伸ばせば、そこに失ったはずの温もりを感じた。 それは私のよく知っている……愛しい温もり。 その温もりにクスリと自嘲気味に笑うと、静かに目を閉じる。 「……本当に……馬鹿な人。貴方が泣く必要なんてないのに」 そう小さく呟きそっと《彼の手》を握り返すと、辺りが眩い白い光に覆われて行くのが分かった。
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