第1章

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「山田フウコさん。」 履歴書を手に取り、ニヤリと笑う。 「…はい。」 逃げられるなら、逃げたい。 だけど、私は逃げられるような立場じゃない。 ささやかではあるけれど、今の生活を維持する為には働くことが最低条件だし、選ぶ権利なんて与えられていない。 「…元気そうだな。」 「お陰さまで。」 「…結婚は?」 「…就業の条件に指定はないはずですが?」 「そうだな。」 別れて以来、会うのは3年振りだ。 なんだか、雰囲気が落ち着いたみたい。 社長だからかな。 着なれなかったスーツも、すっかり馴染んでいる。 「今日から頼める?」 「はい。」 視線が履歴書からこちらに向いて、ドキッとした。 「咲田、説明頼む。 じゃ、あとよろしく。」 社長は鞄と上着を掴んで、立ち上がった。 慌てて私も立ち上がって、事務所を出ていく後ろ姿に頭を下げた。 「よろしくお願いします。」 「…おう。」 少し振り返って片手をあげながら、そう答えると出ていった。 「咲田さん…。 山田です。よろしくお願いします。」 「こちらこそ。 …事務は経験あるんだよね?」 「はい。」 「とりあえず、先に契約の書類を確認してもらおうかな。」 「はい。」 渡された書類を読む。 契約期間は未定になってる。 休みは土日で、勤務時間は8時半から5時半で、給与は…。 「えええ??」 「ん?変なとこあった?」 「いや、これって…。」 「あ、足りない?」 「いやいや、多すぎないですか?」 今までの給与の倍とまではいかないけれど、それに近い金額が書いてある。 「…報酬に見会うだけの仕事をしてくれればいいから。」 「え?」 実はめちゃくちゃ重労働が待ってるとか? 頭の中を巡るのは、ダークな想像ばかり…。 「そのくらいの能力があるって見込んで、採用したんだけどね?」 なにを根拠に!? この恐ろしいプレッシャーはなに!? 「あ、途中解約は違反だったよね?」 …笑顔が怖い。 「あとの要望は、社長に直接話してもらえる?」 …だめ押しだ。 「…わ、わかりました。 よろしくお願いします…。」 私には選択肢なんて、なかったんだ。
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