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「山田フウコさん。」
履歴書を手に取り、ニヤリと笑う。
「…はい。」
逃げられるなら、逃げたい。
だけど、私は逃げられるような立場じゃない。
ささやかではあるけれど、今の生活を維持する為には働くことが最低条件だし、選ぶ権利なんて与えられていない。
「…元気そうだな。」
「お陰さまで。」
「…結婚は?」
「…就業の条件に指定はないはずですが?」
「そうだな。」
別れて以来、会うのは3年振りだ。
なんだか、雰囲気が落ち着いたみたい。
社長だからかな。
着なれなかったスーツも、すっかり馴染んでいる。
「今日から頼める?」
「はい。」
視線が履歴書からこちらに向いて、ドキッとした。
「咲田、説明頼む。
じゃ、あとよろしく。」
社長は鞄と上着を掴んで、立ち上がった。
慌てて私も立ち上がって、事務所を出ていく後ろ姿に頭を下げた。
「よろしくお願いします。」
「…おう。」
少し振り返って片手をあげながら、そう答えると出ていった。
「咲田さん…。
山田です。よろしくお願いします。」
「こちらこそ。
…事務は経験あるんだよね?」
「はい。」
「とりあえず、先に契約の書類を確認してもらおうかな。」
「はい。」
渡された書類を読む。
契約期間は未定になってる。
休みは土日で、勤務時間は8時半から5時半で、給与は…。
「えええ??」
「ん?変なとこあった?」
「いや、これって…。」
「あ、足りない?」
「いやいや、多すぎないですか?」
今までの給与の倍とまではいかないけれど、それに近い金額が書いてある。
「…報酬に見会うだけの仕事をしてくれればいいから。」
「え?」
実はめちゃくちゃ重労働が待ってるとか?
頭の中を巡るのは、ダークな想像ばかり…。
「そのくらいの能力があるって見込んで、採用したんだけどね?」
なにを根拠に!?
この恐ろしいプレッシャーはなに!?
「あ、途中解約は違反だったよね?」
…笑顔が怖い。
「あとの要望は、社長に直接話してもらえる?」
…だめ押しだ。
「…わ、わかりました。
よろしくお願いします…。」
私には選択肢なんて、なかったんだ。
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