入り口

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そんな俺に、3回目の来店の時には「ミルク2個でよかったですか?」と聞いてきたのが彼女だった。 実は彼女がいない日に行った事もあり、その時に聞いてもいないのにぺらぺらと喋る店員に聞いた話では、 以前はテーブルに備え付けられてたミルクと砂糖は毎回空にして持ちかえる客の対策として置かなくなったという。 だから注文する時に聞かれたミルクと砂糖の数。 別にそれが特別どうこう思ったわけではない。 バーなんてやってれば、とくに1杯目はいつも同じ物を飲む客は何人もいて、 それを覚えるのは当たり前の事だと思っている。 それが出来ない店や人間をどうこうは思わないが、 あえて言えばそれでちょっと関心を持った程度の事だった。 だから少しだけ、好奇心みたいなもので次には「いつもので」と彼女に言ってみた。 自分が人の目を引く容姿なのは自覚をしているので、 仕事以外で女性と目を合わせるのは極力避けているが、まっすぐ彼女を見てそう言ってみた。 すると彼女は、驚くでもなく顔に貼られた笑顔を一切崩さずに「アメリカンをミルク2個ですね」と言った。 新鮮な気分だった。 近づこうと他に喋りかけられるわけでもなく、恥ずかしそうに顔を染めるでもなく、 本当になんでもない顔で普通に接客された。 ただそれだけが、なんだか新鮮だった。 こんな事を、他の人間に言えば自意識過剰だと馬鹿にされるのは分かっている。 だからこれは誰にも言ってない。 ましてや言うほどの出来事でもなかった。 ある日から突然彼女を見なくなった時も、辞めたのかな、とは思ったが特になにか感じたわけではない。 けれど今日彼女の姿を見た時、なぜか足が動いていた。 喉なんて渇いてなかったし、飲みたいとも思ってなかったけれど、 俺はその店に足を踏み入れた。 調度、店に女性スタッフが欲しいという話は上がっていたし、きまぐれ、というのが一番正しい表現だ。 彼女には申し訳ないが、勝手にテストをさせてもらった。
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