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「店長目当てのお客さんはちょっと特殊なんで気をつけてください」
カウンター横の扉から中に入ると、そこには階段と扉があった。
扉は裏口で、普段従業員はそこから出入りするのだと言われた。
階段を下りていく大輔くんに続くと、声音を落とした大輔くんに忠告される。
意味はよく分からなくて、けれど先ほどの女性を思い浮かべる。
一瞬だけ向けられた、敵意のある眼差し。
自分の物、とばかりに回されていた腕。
初めは軽くあしらっていた様に見えたのに、何も言わず着いていった佐伯さんの後ろ姿。
ホストみたいにお客さんと一緒にお酒を飲まなきゃいけないのかと思ったけど、
最後に見た佐伯さんは座る事も飲む事もなく立ったまま会話をしているだけだった。
気にはなったけど、聞くのはやめた。
どう聞けばいいのか分からなかったし、職場の空気は聞かなくても働いていけばきっと分かる。
階段を下りた先の扉を開けると、大輔くんは壁のスイッチを押して電気を付けた。
薄暗い店内と階段に慣れた目に明るい電気が少し痛い。
「ここがバックヤード。あ、荷物はこっちの開いてるとこに自由に置いて」
中は私のイメージするバックヤードではなかった。
バックヤード。
従業員の休憩室だと思われるそこは、部屋の真ん中に座り心地の良さそうなソファーとガラステーブル。
普通は本などを並べるために作られた様な壁に備え付けられた棚。
ワイングラスや海や空といった写真と、お酒の本が並ぶ中に同じ様に入れられてる鞄。
「勝手に人の物漁る様な物好きいないから安心して置いて大丈夫っすよ」
ただそこを見つめる私を不信に思ったのか、
大輔くんが開いてる棚を指さして言った。
言われて初めて、鍵も扉もないそれを不信に思ったけれどそのままカバンを入れた。
今まで、何度か職を変えた事はある。
地元でも、こっちにきても、だいたいが飲食業だったけれど個人の扉のついたロッカーを与えられて、鍵をかけるように言われた。
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