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きっと彼は嘘なんかつかない。
素直で明るくて優しくて子だ。
まあそんなわけないのは頭の中でしっかりと分かっているんだけど、そういう風に思わせる雰囲気がすごい。
「あんなにおいしそうに食べておいて、嫌いなんて言わせませんよ?」
「・・・大好きです」
見つめられて、思わず言い返した自分の台詞に赤面しそうになる。
ケーキが、ケーキが大好きだ。
彼が好きというわけじゃない!
「突然のお話で戸惑うのも分かります。なので一度お店を見に来てくれませんか?遊びに来るだけでいいので」
遊びに、なんて行けない。
お酒は、多分そんなに強くない。
多分というのはそんなに飲んだことがないのだ。
ましてやバーなんてお洒落な場所、行ったことがないし一人飯の出来ない私には敷居が高すぎる。
「なんで・・・私なんですか?」
やっとの思い口にした疑問。
初対面ではないものの知り合いかと言われれば微妙である。
今まで私は彼の名前すら知らなかったし、良く言っても顔見知り程度だ。
そんな相手にいきなり職に誘われる非現実的な状況は未だに飲み込めてないものの理解はしている。
なにか裏があるんじゃないか、とも思ってしまう。
たとえその全てが彼の笑顔で飲み込まされても、これだけは、となんとか口を開いた。
「確かに僕は秋月さんの事何も知りません。でも秋月さんがどんな仕事をするかは知ってるつもりです」
そう言って彼が見たのは、中身のなくなった小さな2つのミルク。
「ちなみに今日の夜のご予定は?」
「とくに・・・ないです」
「では今日の10時、お待ちしています。着いたら携帯の方へ連絡ください」
嘘でもある、と言わなきゃいけなかった。
そう思った時にはもう彼は席を立ち開いた食器を手に手を振って「また」と言って去ってしまっていた。
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