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桃瀬シャルラは、うんざりした様子でため息を漏らした。視線の先に居るのは、血走った目を見開き包丁を手にした女性。長い髪は手を入れた様子は無く、所々逆立っている。実際に見たことは無いが、まるで般若のようだとシャルラは考えていた。
彼女を遠巻きに見ている野次馬達は、己の身に危険など感じていないのだろう。足を止めてザワザワと何事かを話していた。そんな野次馬達にシャルラが頭を抱えて深いため息を漏らすと、ギロリとむき出しの目がシャルラに向けられる。
否、正確にはシャルラではなくシャルラの方向といったところか。自分が見られたと思ったのか、シャルラの背後に立っている数人が短い悲鳴を上げた。
「ちょうだい……ちょうだいぃぃいぃ!」
空気を裂く叫声が上がってはじめて、危険だと感じたのだろう。野次馬達は、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「あんたも早く逃げなさい」
野次馬の一人が、一歩も動かないシャルラに気づいて、声を掛けた。
真面目そうな青年だ。シャルラはチラリと視線を向けたが、直ぐに女へと意識を戻す。
「はやく……はやくちょうだいぃぃいぃ!」
包丁を振り回しながら、般若は一歩ずつ近づいてくる。
「ひぃっ、ほら早く逃げよう!」
「……逃げたいなら、貴方だけで逃げなさい。私は逃げません」
青年は驚きを示したが、一切動こうとしないシャルラにしびれを切らして逃げていった。
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