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そこでシャルラははじめて、甘い花の香りがしていることに気づいた。その芳香に何処かに花が咲いているのではないかと、思わず周囲を見回して花の所在を探してしまう。
「花は咲いて……ないのね」
周囲にあるのは青々とした葉を抱く街路樹だけである。ならばこの香りは何処から漂って来るのだろうかと首をかしげた瞬間、風が吹き抜けた。そうか、この香りはこの取り押さえている女性から香るのだ。第一印象の般若からは想像もできない香りをシャルラは再び嗅いでみたくなる。
「ふぎゅっ」
大きく息をしようとした瞬間に、背後から鼻を塞がれてしまった。突然のことに戸惑いつつも、女性の手を離し、鼻を塞いだ人物に肘鉄を食らわせる。腹部に入り込んだのだろう。痛みを訴える声を上げるが、鼻を摘まむ手を離そうとしない。
シャルラが身を捻って、どうにか拘束から逃れようとする。しかし思いの外力が入らずどうにもできないままにその場から引き離されてしまった。
「さすがは桃瀬妹……」
女性から十数メートル離れた場所でようやく解放されたシャルラ。鼻を摘まんでいた人物を鋭く睨み付けてから、酷く嫌そうに表情を歪める。
その人物はシャルラよりも幾分か年上の男性。鮮やかな青緑の目に涙を滲ませて、シャルラを真っ直ぐに向けられていた。シャルラの肘鉄による痛みが未だ尾を引いている様子だった。柔らかな髪が風にふわふわと揺れる。
「柳林……帝生(たいせい)……」
苦虫を噛み潰したような顔でシャルラは気づかぬうちに呟いていた。
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