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わたしを指名した加藤業仁課長は憶えていない。
何よりあの男の人が、日本だけじゃなく世界的に活躍している、この業平商事の次期社長と期待されているということ、それがわたしにとって最大のショックだった。
叶わない。
でも、せめて気づいてほしいのに。
そんな気持ちが交差して、わたしはつい挑むように自己主張をしてしまう。
「はい、加藤課長」
書類を受けとりながら、その手の甲にあるひっかき傷が目につく。
その痕は消えることがなくて、それがだれだったかは憶えていなくても何があったかは忘れることなんてないはずだ。
ささやかな喜びがわたしを笑顔にした。
その繰り返し。
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