傷痕

1/7
717人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ

傷痕

当時は、鍵盤が六段もあるという特別な価値がわからなければ、ずっと燻(クスブ)ることになった、胸の痛みの理由もわからなかった。 それがわかるようになって、そして、わたしは今年の春、業平商事にやってきた。 三十二歳。 女性の影がないという噂のもと、独身。 クールなくらい落ち着いていて、やり手の上司。 そんな情報は、“わたしの見る目”という点ではほっとさせた。 見ず知らずの、しかも小学生にキスするなんていう不届き者に恋をしたなんて、わたしはわたしを疑っていたから。 けれど。 「大道(オオミチ)さん、これを総務部に頼む」
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!