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傷痕
当時は、鍵盤が六段もあるという特別な価値がわからなければ、ずっと燻(クスブ)ることになった、胸の痛みの理由もわからなかった。
それがわかるようになって、そして、わたしは今年の春、業平商事にやってきた。
三十二歳。
女性の影がないという噂のもと、独身。
クールなくらい落ち着いていて、やり手の上司。
そんな情報は、“わたしの見る目”という点ではほっとさせた。
見ず知らずの、しかも小学生にキスするなんていう不届き者に恋をしたなんて、わたしはわたしを疑っていたから。
けれど。
「大道(オオミチ)さん、これを総務部に頼む」
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