波旬の娘

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男は不穏な状況にあまり興味を覚えなかった。 御前と呼ばれた女に意識を奪われて、呑気にも霞のような記憶を手繰り寄せていたのだ。 女は、紅葉と呼ばれていた。 確か。 東北の方角で子宝に恵まれない夫婦が、天に祈願したところ、授かったのは魔王の申し子だったという噂を聞いた。 生まれた女児は美しく成長したが、六欲を望み、鬼女になったという。女の名は、紅葉といった。 「そうじゃ、この男を仕留めた者に、あの娘を一番に与えようか」 愉悦を含んでいるであろう口元を扇で隠し、紅葉が口を開く。 「お相手は女の方がいいんだけどなぁ」 ぽつりと呟いた緊張感のない声は、異形どもの意気込んだ幾つもの声に掻き消された。
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