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──いなくなる──……。
先輩が囁いた言葉が、俺の頭から離れなかった。
いなくなるってどういうこと?
まさか、まさか自殺とか……!
不治の病とか……!
そう考えると、怖くて夜も眠れなかった。不用意に話していいことでもないと思った。キューピットさんにも話していないようだったから。だから結局、俺は誰にも言わずに、一人で不安と闘っていた。
「──だ。右京。わかった?」
急に名前を呼ばれて、俺ははっと気がつく。目の前にはキューピットさんが座っている。
「あ、えっと……」
ここは三年二組の教室。放課後で、誰もいない。遠くで部活動に励む運動部の掛け声が聞こえていた。
加賀見も今日は用事があるとかで、先に帰った。
「聞いてなかったんだろ?」
「……ごめんなさい」
俺は申し訳なくて下を向く。
「謝らなくていいんだ。ただ、心配してる。一昨日櫻野を会ってから、何かおかしくないか?」
「い、え……」
「右京。顔を上げて」
その言葉に、俺は顔を上げてキューピットさんを見る。
キューピットさんは片手で俺の前髪を掬って耳に掛けた。とたんに、心臓が早鐘を打ち出す。
「どうしたんだ、右京?」
「な、んでも、な……」
「君はすぐに顔に出る。なんでもないって顔はしてないよ」
俺の頭から手を放し、至近距離で俺を見つめる瞳。
「櫻野に何を言われた?」
「何、も……」
すると、キューピットさんは溜息を吐いた。
「言っただろ。君はすぐに顔に出る。嘘は吐くな」
俺は何も言えなくて俯いた。
「……いいよ。皆俺には話せないんだろう。無理には聞かない。ただ、嘘は吐くな」
「……はい……」
「もう帰りな。土曜日のこと、左京君には?」
「話してあります……」
今週の土曜、再び屋上で待ち合わせしていた。そこで先輩は左京に告白する。
先輩の抱えているものが何なのか、わからない。
「右京、櫻野が何を言ったのかはわからないが、一人で抱えるな。俺に話せないんだったら、加賀見君でもいい。夏乃さんでも……。とにかく一人で悩むな」
「キューピットさん……」
「俺が巻き込んでおいて、ごめん。ほら、もう帰って休みな」
優しい声に促され、俺は席を立った。
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