第三章

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 ──いなくなる──……。  先輩が囁いた言葉が、俺の頭から離れなかった。  いなくなるってどういうこと?  まさか、まさか自殺とか……!  不治の病とか……!  そう考えると、怖くて夜も眠れなかった。不用意に話していいことでもないと思った。キューピットさんにも話していないようだったから。だから結局、俺は誰にも言わずに、一人で不安と闘っていた。 「──だ。右京。わかった?」  急に名前を呼ばれて、俺ははっと気がつく。目の前にはキューピットさんが座っている。 「あ、えっと……」  ここは三年二組の教室。放課後で、誰もいない。遠くで部活動に励む運動部の掛け声が聞こえていた。  加賀見も今日は用事があるとかで、先に帰った。 「聞いてなかったんだろ?」 「……ごめんなさい」  俺は申し訳なくて下を向く。 「謝らなくていいんだ。ただ、心配してる。一昨日櫻野を会ってから、何かおかしくないか?」 「い、え……」 「右京。顔を上げて」  その言葉に、俺は顔を上げてキューピットさんを見る。  キューピットさんは片手で俺の前髪を掬って耳に掛けた。とたんに、心臓が早鐘を打ち出す。 「どうしたんだ、右京?」 「な、んでも、な……」 「君はすぐに顔に出る。なんでもないって顔はしてないよ」  俺の頭から手を放し、至近距離で俺を見つめる瞳。 「櫻野に何を言われた?」 「何、も……」  すると、キューピットさんは溜息を吐いた。 「言っただろ。君はすぐに顔に出る。嘘は吐くな」  俺は何も言えなくて俯いた。 「……いいよ。皆俺には話せないんだろう。無理には聞かない。ただ、嘘は吐くな」 「……はい……」 「もう帰りな。土曜日のこと、左京君には?」 「話してあります……」  今週の土曜、再び屋上で待ち合わせしていた。そこで先輩は左京に告白する。  先輩の抱えているものが何なのか、わからない。 「右京、櫻野が何を言ったのかはわからないが、一人で抱えるな。俺に話せないんだったら、加賀見君でもいい。夏乃さんでも……。とにかく一人で悩むな」 「キューピットさん……」 「俺が巻き込んでおいて、ごめん。ほら、もう帰って休みな」  優しい声に促され、俺は席を立った。
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