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身を切るような寒さのクリスマスイブ、夜、ケーキ屋前。
首からカメラを下げ、看板を持った白髭のサンタが道行く人に声をかけている。
……俺だ。
衣装のお陰で暖かいが、看板を持つ素手は血が流れることを忘れたのではないかと思うほど冷たい。
当日分のケーキの売れ行きは上々だ。
俺が知らなかっただけで、この地域では美味いと評判のケーキ屋らしいここは、夕方から予約引き換えの客や飛び込み客で、ごった返していた。
この様子なら9時を待たずとも、品切で閉店になるのが見込まれる。
このコスプレは俺をちょうどよく景色に馴染ませてくれた。
ポラロイドカメラでの記念撮影サービスも、幸せな男女の(あくまで今年の)姿を切り取れるとあって好評だ。
カメラを手にしていても違和感はない。
声をかけ、撮影をし、ほぼ髭で隠れた顔で無理矢理作った笑顔を客に送りながら、俺は喧騒にまみれた街を見渡す。
BINGO
喧騒に紛れ、イルミネーションに紛れ、闇に紛れ。
俺はカメラを構え、幸せそうなカップルの一秒を切り取る。
「あ。ごめんなさい、もう一回撮ります。
後ろに人が入っちゃった」
吐き出された、まだ何も写っていないポラロイド写真をポケットに押し込みながら、赤い服を着た偽物サンタはカップルに詫びた。
サンタの謝罪にカップルは快く応じる。
再びカメラを構え、今度は確実に二人の一秒を切り取った。
最後のひとつを買いに来た男女の顔を見たとき、ぞくぞくと背筋に寒気が走った。
ナゼ、ココニイル?
酒を飲んできたのか、上気して男にしなだれ掛かる女と、慣れた様子で女の腰に手を回す男。
写真を撮る。
一枚目は失敗の体を装おい、ポケットに捩じ込んだ。
二枚目を手渡すと、女は益々男に絡み付く。
ケーキを手に去っていく後ろ姿を見送った。
……ソノケーキハ ダレノタメ?
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