サンタクロース

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クリスマスイブ、日付が変わろうとする頃、アパート前。 革手袋の指でチャイムを押した。 一回…………二回…………三、四、五六七八…………。 応答はない。 「尾山さん、尾山さーんっ」 ダンダンダンダンダン ドアを激しく叩く。 住人が部屋にいることは解っている。 ダンダンダンダンダン 尚も激しく。 チャイムも同時に押しまくる。 「尾山さーん」 「尾山みちるさーん、いるんでしょう?」 「尾山みちるさーんっ」 バタバタとドアに向かって走ってくる音がする。 ガチャリとドアが開いて、メイクが落ちかけた顔が苛立ちを露にした。 やっぱり。 俺の淡い願いは女の顔を確認したことで儚く消えた。 ケーキの最後の一つを買った女。 酒をのみ、男にしなだれかかっていたあの女だ。 今時チェーンもかけずにドアを開くとは……でもそんなバカで助かった。 「うるっさいわね、止めてよ。誰よ、何なの?」 「夜分すみません、尾山タケヒロくんのことでお話がありまして」 「あんたバカなの?こんな夜中に迷惑よ、出直してよね」 ドアを閉めようとする素振りに、すかさず体を捩じ込んだ。 「ちょっ、警察呼ぶわよ」 女は慌てて、一歩飛び退いた。 落ち着け、俺。 慌てるな。 チラリと足元を見た。 女のハイヒールの横に、男物の磨かれたローファーが並ぶ。 再び女に目を戻す。 目の前の女は、招かれざる客の訪問に慌てて服を着た様子が見てとれた。 ブラウスのボタンの上から三番目が止まってない。 ふつり……血が泡立った感覚。 それを無理矢理押し込めて、低い声で問いかけた。 返答によっては、これからの対処を考え直してやってもいい。 「……タケヒロくんは?」 ドアの外で大声で名を叫ばれて行為を中断せざるを得なかった女は、不快感露に俺を睨み据えて答えた。 「寝てるに決まってるでしょ!!」 ごぼごぼっ ……身体中の血が煮えた。 「ああ、そうだよ、病院のベッドでな!!」 「なっ?」 表情が一変した俺を見たからか、タケヒロのことを言われたからか、女は狼狽して一言声を発した。 迷わず女の髪を鷲掴みにして土足のまま上がり込む。 「保険証出せ」 「な、何を」 「出せって言ってんだろ、コラ!!」 づかづかと上がり込んだ部屋には慌てて服を着る男。 テーブルには切り取られたクリスマスケーキ。 せめてタケヒロの為だったら……そんな願いすら散った。
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