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二日後の金曜、夜、聖司の部屋。
「お前、やり過ぎ」
揺れる紫煙の向こう側、煙のせいか事態のせいか、悪友は眉を潜めた。
「訴えられても知らねーぞ」
「望むところだ、調べたこと全部白日に晒してやる」
聖司が苦笑した。
「容赦ねーな。恐れ入るよ」
コーヒーカップを傾ける男を俺は鼻で笑った。
「そんな俺をこき使うお前に恐れ入るよ」
悪友はおどけて片眉を上げた。
偶然だったのか、必然だったのか。
たまたま受けた浮気調査のターゲットがあの男。
バッティングしたのには驚いたが、まあ個人的に調べようと思っていたタケヒロの家庭事情が、結果そのまま浮気相手の情報だったので手間は省けた。
「そっちはどうなったよ、貴重な写真を提供しただろ?」
麻薬の取引現場に現れる人物を逐一調べあげたんだ、それなりの成果が出てないと困る。
「ああ、上々だよ。芋蔓式に検挙出来そうだし、成功報酬が支払われるのもそろそろだろ」
クワズイモのでかい葉が窓際でだらりと垂れている。
「水やれよ、枯れるぞ」
「……ああ、俺の愛情は淡白でね」
クスクス笑いながら聖司はコップに無造作に水道水を汲むと、その根本に流し込んだ。
仕事や顔つきは繊細なくせに、プライベートが大雑把な悪友を俺は眺めた。
「……タケヒロは?」
「もうすぐ退院できるそうだ。
母方の婆さんが引き受けるそうだよ。
ただな、かなりの高齢だぞ」
「知ってるさ」
それくらいのことは調べがついている。
だから俺はあの婆さんと交渉したのだから。
「プレゼント、喜んでたらしいぞ。
部屋でも真っ赤な顔をして着てるらしい」
「そうか」
枕元に置いたダウンコートは軽くて暖かで、少し大人びたデザイン。
あの寒かった夜を少しでも忘れられたら良いと思って選んだ。
「……会わなくていいのか?」
聖司が淡々と聞いてきた。
俺は短くなったタバコの火を揉み消した。
「今でも子供に夢の一欠片さえ見せてやれないあの女をつき出したことに後悔はない。
でもタケヒロにとってはあんなのでも母親だから。
俺はタケヒロから母親を奪ったんだ。
顔を会わせる資格はねーよ」
冷めてしまったコーヒーをぐいっと飲み干す。
「タケヒロが婆さんのところで少しでも愛情を感じながら生きていけたら、それでいい」
「珍しく人間らしいな、お前」
俺の生きざまを知る悪友は、俺を「人間」だと表現して笑った。
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