パチンコ玉

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寒さ厳しい二週間後、夜、自宅。 「散田さん、いつもパチンコしてる訳じゃないんですね」 湯気の上がるカレーを前に、タケヒロが言う。 「あのね、仕事で行ってたの、俺はパチンコはそんな好きじゃねーよ」 「そうなの?」 「あんな遊戯性のないギャンブルはないだろ。 ぼやっと座ってるだけで面白くも何ともない」 「じゃあホントに貴重だ、これは」 タケヒロがキーホルダーを掲げて笑う。 見よう見まねで自作したという、歪な三角すい状の焦茶の革の中に、ちらちらと銀玉が見えた。 「お前、それ……」 「宝物ですから」 さらっと答えてカレーを頬張る。 あの時、確かあれは手のひらからこぼれたはず。 拾ってる余裕もなかったし、だいたい闇に紛れて…… 「散田さん、ニンジン煮えてません」 「えっ?」 「今までどうやって生きてきたんですか、カレーぐらいちゃんと作れるようになってくださいよ」 「……すみません」 しゃくしゃくとニンジンを噛み砕く。 ニンジンスティックというメニューが世の中にはあるんだよ。生でも食えるんだ、生煮えでもいけるだろ。 「貸してください」 タケヒロは俺の前からカレー皿を取り上げた。 レンジに放り込んで、スタートボタンを押す。 「なあ、タケヒロ」 「何ですか?」 「……今の生活は苦痛じゃないか?」 タケヒロはくるくる回るレンジの中を見つめたまま答えた。 「ニンジンが固くなければ大丈夫です」 「そうじゃなくて……」 「散田さん」 タケヒロが固い声を出した。 「……散田さんこそ後悔してるんじゃないですか? それなら僕は……」 必要とされていない。 それどころか邪魔だと思われている。 そう感じることがどれだけ苦痛でつらいか、体験した者だから解る。 いつもそう思われているのではないかと不安になる。 俺はそれが嫌で人を信用しなかった。 俺のところに来た、それはタケヒロが少なからず俺を信用している証。 愚問だった。 「いや。俺は後悔してないし、後悔するくらいなら最初から提案しない。 二度と聞かないよ。 お前も過剰な我慢はするな。 俺と喧嘩するくらいの勢いで向かってこいよ?」 チン! レンジが間抜けな音をたてた。 熱くなった皿を布巾で挟んで持ち上げ、俺の前に置いたタケヒロがニヤリと笑った。 「今度ニンジンが固かったら、一週間料理担当ですからね」
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