第一章

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      《1》  雪が降ればいいのに、と篠原茜は思った。  この街は、あまり雪の多い土地ではない。冬の季節に相応しい北風の冷たさに震えながら、そんな事を思う。  何故そんな事を思うのかを、あえて突っ込むなら―― 「ちがう、ちがうよカレンちゃん! もっとこう、キレが大事。こう!」  とうっ、とばかりにクルクルとフィギュアスケートのようにその場で回転。そしてビシッとキレのある動きで止まり、腕をクロス。茜は指を銃のようにして相手に向ける。  指を向けられた幼い風貌の少女――神濱カレンは、小さく感嘆の声を上げて遠慮がちな拍手をする。  その後ろでは、冷たい視線を茜に向ける少年2人が控えている。 「…こう?」 「勢いが足りない! こう!」  へろへろと回転する少女を叱咤しつつ、惜しいとも思うのである。 「ああ、雪がふってれば再現度高いのに。あの背後の…紙吹雪? みたいな演出!」  何の話かと言えば、日曜朝の変身ヒロインアニメの話である。  幼い少女の要望により、戦隊モノの1人の変身シーンを淀みなく完全再現して見せた彼女に、拍手を送る神濱カレン以外の皆の視線は冷たい。  何故かと言えば、衆目の面前だから。  もっと言えば人がごった返す繁華街駅前の話だから。 「もうっ、やめてよ恥ずかしい! カレンちゃんも駄目だってば!」  羞恥に耐えかねたのか、控えの少年――名を高町直弥という、カレンの幼馴染が割ってはいる。  その剣幕に、カレンは小首を傾げる。 「だめ…? どうして直哉くん…?」 「ねー?」  そして便乗する茜を、直哉はキッと睨みつける。 「カレンちゃんに変なこと教えないでよ!」 「えー、なぁんでさ? かわいいじゃん」 「カワイイけど! 内心じゃずっと見ていたいと思うけど!」 「直弥君だって回転の時にこっそりパンチラ期待でおいしいでしょ?」 「期待してないよ!! まってカレンちゃん嫌そうな顔しないで! 本当に期待してないから!!」  やいのやいのと騒ぎ結局は衆目を集める集団を遠巻きに、面倒そうにもう1人の少年――神崎ルイが口を挟む。 「ねえ、あんた、今年受験生なんだろ? こんな事してる暇あるの?」  ダウナーであり、辛らつでもあるその語り口は、神崎ルイという少年の特徴だった。茜もまた慣れたもので返す。
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