序章

2/9
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/320ページ
  …………  ――混乱を極めていた。  人里離れた森の中、絢爛というほどでないにしても、それは大きな洋館だった。  青白い月が昇る夜だった。  その洋館に差し込む光は、そんな月の灯り。それがすべて。  いっそ幻想的にさえ映るその佇まいは、しかし静寂とは程遠い―― 「――撃てっ! 撃て!撃てっ!!」  怒号。金切り声のように、調子外れに。  そんな事は分かってるとばかりに、声を掻き消す破裂音。その連続。途切れる事無く。  それは銃声だった。  薄暗い洋館の廊下。4人の男達が拳銃を片手に廊下に立ちふさがっている。  見るからに屈強な男達であった。少なくとも、荒事の素人には見えない。誰が見たとしても。  しかしその表情には一様に恐怖と緊張が張り付いている。  彼らが銃口を向ける先は、暗闇。長い廊下の先、その向こう。  彼らの目に何が写っているわけでもない。目標は視認できていないのだ。ただでたらめに、闇の向こうへと銃弾を浴びせている。  馬鹿な作戦だった。馬鹿げた行動だった。しかし、どうしようもない。他にやり方など思い付かない。何故なら―― 「弾幕を切らすな! 飛び出してくるぞ!」  男達の1人が確認するように叫ぶ。  じりじりと、男達は廊下を下がっていく。下がりながら、頼りない拳銃で健気に弾幕を作り出す。 「くそっ! 装填!」  ガキン、と音を立ててスライドした拳銃のバレルが固定される。弾切れ。ただの鉄くずと化した拳銃を忌々しげに見やり、とりあえず男はそう叫んだ。  装填する弾などない。ただ『敵』がほんの少しでも騙されてくれればと思っただけだ。  ガキン、ともう一つ。弾切れの音。躊躇なく拳銃を捨て、男は腰からナイフを抜く。 「来るぞぉっ!!」  中腰で前衛を務める2人の男達が、最後の装填を行う。それとほぼ同時。闇に溶けた廊下の向こう、まるで深淵から這い出た亡者のように、一つの影が飛び出した。  それはまさしく影のようだった。男達が弾幕を張って稼いだ距離を、ほんの数秒足らずで詰めた。  前傾姿勢のまま疾駆するその影は、踏み出す足と同時に、音も無く右手から銀閃を煌かせる。薄く怜悧な煌き。月明かりに反射したそれは三尺に余る日本刀だった。
/320ページ

最初のコメントを投稿しよう!