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「これから、どうするのだ?」
しかし、強張った表情のままでもクルーエル卿は落ち着いた声でアネスに語りかける。
「相手はどうやら1人、廊下を進んでこちらに向かっています。ここの扉で足止めしましょう。奴が扉の前に来たら、クルーエル卿はそこの窓から数名連れて脱出を。私はここに残り奴を可能な限り食い止めます」
アネスが指差した先には、窓。ここは3階。普通の人間が飛び降りれば、ただではすまない。
しかし、ここに人間は1人もいない。その案を当然可能なものとして受け入れている。
「だが…君はどうなる?」
「これが私の職務であり、使命です。どうかお気になさらず」
事も無げに言ってのけるアネスに、クルーエル卿が呻く。
「無駄な死など1つとして許容できんぞ、アネス。今すぐに窓から全員で出ては駄目か?」
「窓から脱出は誰でも考える事です。相手に読まれていたら目も当てられません。ここに引き付けてからが無難でしょう」
背後では、扉の前で歩哨をしていた部下の男が既に中に入り、他の部下達と共に家具の類で扉の前にバリケードを築き始めている。事態は切迫している。もうどうにもならない。
「…やはり、『彼』か?」
クルーエル卿のその言葉に、アネスは頷いてみせた。
「手口から見て、まず間違いないでしょう。顔は見ていませんが」
2人は確かに同じ人物について話していた。今や彼らのコミュニティでは知らぬ者はいないほどに聞きなれた人物。
殺人鬼――否、吸血鬼殺し。
だがしかし、とクルーエル卿は思う。その正体が、噂に囁かれる人物であるならば――
「話し合いには応じないだろうか?」
ある意味で突拍子も無いその意見に、アネスは少しだけ逡巡し、すぐに首を振る。
「無理でしょうね」
そんなにべもない返答をした直後だった。
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