16人が本棚に入れています
本棚に追加
/320ページ
《10》
廃墟と化したビルの窓からは、夕陽の代わりに星明り。
その一室には、1つの人影。
その身は完全に闇の世界の住人であるとでもいうように、薄暮の中に溶けそうな気配だった。
部屋の真ん中に無造作に置かれた机、その上に広げられた住宅地図。赤線、黒線、マル、バツ、数字…いくつもの印が書き込まれている。
人影は、最後にもう一度それを確認するように、じっと見つめる。
ゆっくりと、丁寧に、何かをなぞるように、自らのすべき事を頭に刻み付けていく。
そうして住宅地図を乱暴に掴み、人影は踵を返した。
カツン、カツン、と音を立てて、廃墟となったビルの階段を降りる。
歩きながら、手にした住宅地図を破る。
2つに、4つに、8つ、16…奇麗に折り畳んでは破っていく様子は本人の几帳面さからか。
ビルの外はスラム街のように寂れた風景。周囲には他に人の気配は無い。
月明かりに照らされたその姿は、若い男のもの。
その風貌を見たのなら、多くの者は彼をこう呼ぶはずだ。
石弓涼斗、と。
身を裂くような寒風を頬に受け、彼は細切れに破った地図を、その風に乗せて放った。
花弁が舞うように、闇へと溶けてゆく。
それを確認して、踵を返す。しっかりとした足取り。迷い無く、目的地へと向かうように。
舞い上がった紙切れの1つには、幾重にも重なる線の中心、紅く塗りつぶしたようなバツ印。
彼の目的地はそこだった。
場所は、この街の郊外。大きなイベント会場。
ビルの脇に無造作に停められた車から取り出す、それは杖のようだった。
根元を確かめるように引き抜けば、白鞘から煌く銀閃。日本刀。
彼は、自分に小さく言い聞かせる。
――さあ、始めよう
かちり、と銀閃を白鞘へ収め、逆手に持ち換え歩き出す。
静かに、しかし闇の中で真紅に尾を引く、冷酷な眼光を湛えながら。
/第一章・了/
最初のコメントを投稿しよう!