2 江美里の事情

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「ねえ、私がどうして旅館で働こうと思ったかわかる?」と江美里が聞いてくる。 「どうしてかな?」 「それはね、いろんな人の話を聞くのが好きだから。みんな遠くの街から来る人ばかりでしょう。面白い話がいっぱい聞けるかなあと思って。去年仲良くなった四国の大学生なんて、あちこちの観光地を撮り溜めたビデオを編集して一年後に持ってきてくれるって言うんだよ。冗談だと思ったんだけど、この間調べてみたら、三ヶ月も前に予約が入っていたの。びっくりでしょう」 よほど旅行が好きなんだねという江美里は、本当に気づいていないのだろうか。 他人の心には敏感なくせに、自分のこととなるとめっぽう不器用なのだ。 彼が遙々四国からやってくるのは、江美里に気があるからに違いない。 江美里は母親に似て、とても奇麗な顔立ちをしている。 「だからね、先生の仕事の話を聞くのは大好きなんだよ。私の知らないところを歩いて、知らないものを見て、それを人に読んでもらうってすごいよね。絶対にやめないでよね」
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