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やがて、いつの間にか後ろに並んだ大勢の人たちに押されるように、電車に乗り込んだ。
手摺につかまって、ただ壁が続くだけの窓の外を眺めながら考えていたのは、達郎のことだった。
達郎は、学生の頃から十年間付き合ってきた恋人なのだけれど、今はその関係が曖昧になっている。
達郎に新しい恋人ができたと告げられたのは、三カ月ほど前のことだ。
二股をかけるという器用なことができない彼は、好きな人ができたことを正直に告白して、私と別れた。
あのとき達郎は聞きもしないのに、その女性がどれだけ熱心に言い寄ってきたか、どれだけ尽くしてくれるのかを話し始めた。
達郎は情熱的な恋がしたかったのだ。
毎日でも会いたいと言って欲しかった。
一分でも一秒でも長く一緒にいたいと思われたかった。
十年も付き合っていながら、私は一度も達郎にそんな気持ちをぶつけたことはなかった。
考えてみれば、十年の間に問題が起こらなかったことの方が奇跡だった。
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