レイウッド編〈1〉すり抜ける砂

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 寒気が石材の隙間から染み込むように侵入する深夜の地下室に、絹を裂くような母の悲鳴が響き渡る。  決して中を覗いてはいけない、粗相が知られたら夫人の気を損ねるからと母はワタシにきつく言い付けた。  凍てつく寒さに震えているだろう人間の母は薄巾ひとつ羽織ることも許されず、地獄のような拷問を受け続ける。  シャルルローズ邸に連れてこられた幼いワタシと母にあてがわれた部屋は、昼は陽が一切届かず、夜は明かり一つ灯らない暗がりの監獄。  吸血鬼の父親は女同士の確執になど一切気づかない。  擦れ違いの時間枠で唯一交わる夜の食事では、父は人間であるワタシの母を隣に呼び寄せ、本妻であるアドルフの母親を遠ざける。  父は母を種族を越えて愛していた。  そして、本妻の子であるアドルフよりも強い力を持つワタシを可愛がった。  そのようなことが本妻であるアドルフの母親を嫉妬に狂わせ、母に暴行を加える一因となったことは想像にかたくない。  アドルフの母親は、夫との冷めきった関係から愛情を取り戻そうと躍起になった。  そうした執念の末に誕生したのが、末子のジェリンだった。  子が誕生すれば、離れた夫の心が戻ってくると信じ込んでいたアドルフの母親は、誕生したジェリンに吸血鬼としての力が希薄だと知るや、最愛のアドルフを凌駕する能力を持つワタシと比較し、ジェリンを愛することを止めた。  勿論、そんな状況で父親がジェリンを見ることなどあるはずもなかった。  結果としてジェリンは、父からも母からも疎まれながら育っていった。
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