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吸血鬼の風習の一つに、一定の歳になった子を社交界の一員として披露することがある。
その日の夜会は、アドルフが初の夜会に招待されたこともあり、冷めきったシャルルローズ夫妻も例に漏れず、アドルフを連れ立って屋敷を出立した。
今宵、母は久々に何の心配もなく穏やかな眠りにつくことができたようだった。
ワタシは主らが不在の屋敷内を何の気兼ねもなく動き回れる機会ができた。
これは薔薇庭園が作られる以前のこと――廊下を悠々と歩いていたワタシの耳は、庭先から殺伐とした何らかの物音を拾い上げた。
風を裂くような音が幾つも上がるその音の発生源を、ワタシは知っている。
「はっ! はぁっ!! はぁああっ!」
短い赤髪の子が手にするものは、剣でもなければ木刀でもない、ただの木の枝。
それを頭上に構え、一心不乱に振り下ろし続ける。
蝋のように白いはずの吸血鬼の肌は赤みを通り越し、うっすら焼けている。
血の道が薄く、滅多なことではかかないはずの汗を滴らせて。
哀れなものだ。
兄の披露目とはいえ、いずれは同じ舞台に上がるだろう子を置いていく理由はただ一つ。
力なき吸血鬼の子を我が子と認めるわけにはいかない。
そんなところだろう。
――馬鹿げている。
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